貫一の日記

何でも書くやつ

チェンソーマン83話を読んで

やはり葛藤のシーンはカット。

週間でやろうとしたら良いページ稼ぎになると思うんですが、サクサク話を進めてきますね。これがこの作者の最も良いところ。

葛藤なんてのは小説の方が読みやすいんですよ。漫画で葛藤を表現するってのはナンセンスだと思います。表現技法として秀逸なものがあれば良いのでしょうけれど・・・。

 

マキマさん劇場がトントン拍子に続いていまして、ここにデンジ視点の何かを組み入れるとゴチャゴチャしてしまいそう。今のストーリーはデンジが主人公として動いておらず、主役のマキマさんが舞台のど真ん中で荒ぶっている状態。デンジにスポットライトを当てても物語は何一つ動きません。

この関係はどこかで変化するのでしょうけれど・・・。とりあえずは「チェンソーマン」がガンガン動きまくってオッケーみたいな感じ。

 

・・・

 

あれを「チェンソーマン」とマキマさんは表現したわけですが。

「デビルマン」とか「キン肉マン」とか、「~マン」は基本的に人間的な存在と言えるでしょう。「アンパンマン」とか「バイキンマン」とかもそうです。

完全無欠の人間ではないけれど、我々人間が理解する域にあります。「デビル」「筋肉」「あんぱん」「バイ菌」を理解することは難しい。それらに人格を与えたことで「マン」がつくわけですね。

例え装置でしかないヒーローであっても、人格はあり、人間らしさがある。それはチェンソーマンも共有する理屈ではないか。

 

とまれ、そのヒーローの登場と引き換えに主人公が死んでしまったようです。

死が確定したのかは分かりません。ポチタとの契約は2つあり、ポチタとデンジは助け合うことが最初の契約です。

デンジが契約を破る前にポチタが助ける・・・その結果としてチェンソーマンが登場した可能性。そして死亡したデンジを助ける手段をポチタが持つ可能性。このどちらかでしょう。

あくまでデンジが完全に退場していないのであれば、です。主人公交代をガチでやるならばデンジは「主人公のフリをした脇役」であっただけのこと。ピエロにすぎる・・・。

 

王道ならば、チェンソーマンの在り方からデンジは学びを得て、成長し、チェンソーマンの後継となる・・・みたいな。最終決戦でデンジ復活みたいな。

あるいはデンジは充電期間に入って、充電が終わったら自然とまたデンジは生き返る的な。いずれにしてもポチタとデンジの人格が交代したようなイメージですか。

死んだデンジを生き返させる!みたいなストーリーだと違うタイプのファンタジーになりますな。

 

読者の視点となる主人公であるデンジが完全退場するってのは考えづらいんですよね。デンジがいないと物語が進む様子を読者は見られない。

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あぁ、ここで話を飛ばしてしまうのもありです。どうせ読者の追いたいキャラクターは全滅していますし、チェンソーマン&マキマさんのコンビが成立するならば物語る対象がありません。

 

[fin]